新しくないとつまんない。 ちゃんとものづくりしたいって、 ずっと思っています。

アパレルメーカーに生地の柄や加工の提案をする[テキスタイルくろ]。代表の城島利明さんは80年代からオリジナルのテキスタイルづくりに携わり、日本のファッションシーンに貢献してきた影の立役者です。宝島染工とお付き合いが始まったのは2006年頃。その時の印象から振り返ってもらいました。

あの時は、確かgommeのデザイナーの真木(洋茂)さんからの紹介でした。当時は大籠さんみたいに飛び込み営業に来る作家さんって珍しかったんだけど、僕は資料見せてもらってすぐに「面白いかもしんないよ」って伝えたのを覚えてる。完成され過ぎていない染っていうのが、かわいいと思ったんですよね。

テキスタイルデザインは、アパレルメーカーと生地を製造する工場やそこで働く職人さんの間を取り持つ仕事。それこそ、複数の工場を経由して生地が完成するまでの、全行程を設計しなくちゃならない。

だから、デザインや加工が複雑になるほど納期や予算の交渉、品質管理は難しくなるのが当然で、そこもひとつの腕の見せ所。何よりも、発注の数だけ信頼に値する品質を維持できるかどうかが肝心なんです。

▲「テキスタイルくろ」の事務所には、膨大な生地サンプルが

特に藍染や草木染は色ムラや色落ちなど、仕上がりが均一じゃないから、製品化した時のリスクが大きいし、メーカーへの提案にもコツがいる。だから大籠さんにも最初「交渉は僕がするから、こういう生地を作ってみてくれない?」って生地のサンプルを渡したはず。そうやって少しずつ互いに仕事を発注するようになったんだと思います。

オリジナルの生地を一からデザインするのは、リスクも大きい。それでも「既存のものなんて興味ない。新しくないと、つまんないから」と城島さん。リスクを恐れないモノづくりの姿勢は、どのような時代の中で培われてきたのでしょうか。

僕は団塊よりも少し下の世代。大学のテキスタイル科で染織をやって、そこから生地屋に就職したんです。でも当時の生地屋の企画なんてつまらないものばかり。ヨーロッパの雑誌を見せられて「こういうのを作れ」とか言われるんです。ところが僕は「そんな終わったもん作ってどうすんだ」ってずっと思ってた。

「もっとちゃんとものづくりしたい」って。だから今の会社に再就職して、仕入れと並行して営業的な仕事もやらせてもらったんです。で、20年前くらいにリファレンス的なモードの仕事をしたくて今度は新しい企画部を立ち上げて、ジャパネスク的なものづくりを始めたんですね。

京都の絞りとか手描き友禅とか、九州だと奄美の泥染めとか、各地の職人さんの仕事もいろいろ回って、共同で生地を制作してはアパレルメーカーに提案してきました。たとえば、有松絞を使って、ヨウジヤマモトのジャパネスクをテーマにしたパリコレ用の生地を作ったりとか。

他にも個人的に面白いと思うブランドに直接交渉に行って、今思えば神みたいなデザイナーと知り合って。彼らから情報を集めながら感性も磨いていく。そういう時代でした。

うちの会社には国内外を回って集めた古い生地のサンプルが山のようにあって、これがものすごく魅力があるんです。まったく同じ生地はできないけれど、ニュアンスをつかむことならできる。そうやって古いものやアート、風景……なんでもテキスタイルのデザインにつなげているかもしれない。

たとえば、抽象画の一部とかピントずらしてカット切った写真とか、ボケてる部分やにじみ、ズレ、ムラっけとかもね。宝島さんへのデザインの発注時にも、そういう画像をドドーッと送って「こんな感じで」って。そこからやりとりが始まります。

▲宝島染工が「テキスタイルくろ」と一緒に作った生地。

生地を染めたり加工したりすると、ある程度、生地の雰囲気ってものができる。だから、テキスタイルデザインは生地を調理する仕事だといえるかもしれません。でも、本当の意味でテキスタイルを調理するのはアパレルなんだから、テキスタイルそのものが主張し過ぎていてもいけないと思ってる。僕たちはあくまでも服という形のディテールを作ってこそ、なんですよね。

城島さんの紹介を通して、直接取引ができないようなハイブランドにも生地を提案する機会を得た宝島染工。藍染や草木染を実際のマーケットに乗せていく方法も学ばせていただきました。様々な製造の現場や展示会場を一緒に回り、山のような生地や加工商品に触れた経験は、今の宝島染工の財産でもあります

大籠さんは僕のことを「中身がおばちゃんだ」って言うんだけど(笑)、彼女は僕が何をかわいいと思って、どういうのをかっこいいと言うか、そのへんの感覚が良くわかってるんです。“かわいい”や“かっこいい”の基準? “気持ちいいかどうか”かな、洋服でも音楽でもアートでも映画でも。

うちのスタッフに言わせると、大籠さんと僕も感覚が似ているらしいです。面白いと思うもの見つけたら、ガーッと突っ走るところとか。一緒に古い生地を探しに、韓国やタイにも行きました。レンタカー借りて、たまにはケンカもしながら(笑)市場に行っては生地を買い漁りましたね。

▲宝島染工オランダ展(2016年)

宝島さんがオランダで展示会をするって時は、僕も時期を合わせてオランダに行って、コペンハーゲンの古着マーケットを回ったりして。おもしろい思い出ばかりです。

コロナの影響で、ファッション業界も随分ダメージを受けたけれど、洋服に元気がある時代はまた来ると思っています。人間には“着る欲”があるから。新しい洋服が自分に似合えば、やっぱり気持ちいいし、ウキウキするでしょう。そういう“気”って、なくならないと思うんです。住むこと、食べることとかと一緒でね。

大籠さんも宝島染工も、昔からちっとも変わっていません。宝島のオリジナルの服に関して「あんまり泥臭くするなよ」とか勝手なことを言う時もありはしますが、まあ、基本的に今のままでいいんじゃないかと思っています。周りがやるなって言っても、自分がこれだと思ったらやる人ですからね。それに、彼女が思うことだったらいい方向に進んでいきます、きっと。

今の若い世代とかすごくいいし、もっと良くなる可能性もあると思う。僕たちが戦後の日本の文化的な基礎を作った世代だとしたら、今の若者ってそこからの3代目くらいでしょう。だから、考え方や作るものがかっこいいし、どんどん良くなってる。彼らの子どもたちは、もっとすごいんだろうし、これからの日本には希望がある。パリとかロンドンとか、ヨーロッパ的になっていく気がしています。

僕は自分よりも下の世代からいろいろ学んでるし、影響も受けてる。個性が強ければ強い子ほど大好き。大籠さんもその1人。みんないいと思います、そのままで。

 

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